The Takahashi LAB
The Takahashi LAB
研究室主宰者よりメッセージ
がんが遺伝子の病気であるということを決定的に裏付けしたのは、がん遺伝子・がん抑制遺伝子の同定であります。がんを引き起こすウイルスのもつ遺伝子とほぼ同じものがヒトのゲノム遺伝子中にも存在し、しかも、ヒトのそれは、わずか一カ所の突然変異によって細胞をがん化する。がん遺伝子は、このような経緯で発見され、すぐ後に訪れたがん抑制遺伝子の発見とともに、20世紀末のがん研究の爆発的な展開に大きく寄与しました。また、これらの遺伝子産物の働きを解明する努力は、生命科学全般を牽引することになりました。
このように、がんに関する展望は一遺伝子の所行というところまで還元・単純化され、その当時学生であった私も、これでがんは克服されるのだと考えましたが、そうは行きませんでした。ヒトのゲノム中には、22,000種類以上(最大26,800とも)の遺伝子が含まれていると考えられています。これらの遺伝子は、様々な転写制御因子やマイクロRNA等で、発現の強弱やRNAの安定性が制御されます。それだけでなく、エピジェネティック、つまり、DNA配列が変更されなくても、DNAそのものあるいはDNAを巻き付けているクロマチンへの様々な化学的修飾によって、遺伝情報の読み取られ方は、ダイナミックに変化します。
発がんにおけるはじめの一歩は、がん遺伝子・がん抑制遺伝子の活性の変化によって踏み出される場合が多いと思われますが、そうなった途端にその細胞内で22,000種類以上の遺伝子のもつ意味(私はコンテクスト「文脈」と呼んでいます。)は、変わります。そして、この文脈のなかで意味をもつ遺伝子に、さらなる異常が起こると考えています。私たちは、様々な「がん化の文脈」において、特別な役割を果たす遺伝子を同定し、その働きを詳しく調べることによって、がんを克服するための戦略をたてようとしています。
RECKは、Rasにがん原性の突然変異が起こったときに発現が抑制され、しかし、強制発現するとRas突然変異によって誘導されるがんの挙動のいくつかを抑制する遺伝子産物として同定しました。私の研究グループは、RECKが、MT1-MMP、CD13/APN, ADAM10等の膜型メタロエンドペプチダーゼと相互作用することによって、がんの増殖(増殖シグナル、細胞周期)、浸潤・転移、腫瘍血管新生や大脳皮質発生を制御することを突き止めました。また、RECKは、様々な臨床がんの予後に影響を与えることが知られています。
私たちは、Rbがん抑制遺伝子が不活性化するという「文脈」におけるRasプロトがん遺伝子の知られざる機能を明らかにもしました。内在性のRasの活性は、細胞周期に依存して変化します。ところが、Rbが不活性化されると、このような周期性を喪失し、とくにN-Rasというアイソフォームの活性が上昇します。この研究を始めた頃は、RasはサイクリンDの転写調節によってRbのリン酸化を制御するということが知られていましたが、線虫の研究などから、逆に、RbがRas活性を制御する可能性も示唆されておりました。このがん抑制遺伝子とがん遺伝子の代表どうしの遺伝学的関係は、面白いし、臨床的にも意義深いと考え、RbとRas遺伝子を両方欠くマウスをつくってみました。そこから様々なことが判ってきたことは、また別の欄で詳説したいと思います。
現在は、上記の研究の過程で明らかになったRbの新規機能に焦点をあて、とくに、そのがん幹細胞における役割を追求しています。がん幹細胞は仮説的な存在でありますが、それが存在するとして研究を進めることが、がん治療戦略の飛躍的な発展に繋がると考えています。我々がこれまでに得た知見をもとに、安定で解析の容易な「がん幹細胞モデル細胞」を拵え、これをあたらしいがん幹細胞標的薬の開発につなげようと日々がんばっています。
ここまで読んでいただくと、なんとなく感じていただけたかと思いますが、私たちのがん研究のスタイルは、特定のがんを見るのではなく、臨床的レリバンスの高い遺伝子の働きに注目し、その都度便利な実験系を用いながら、がんを克服する戦略を考えようとするものです。私のグループは、内科出身(私)、外科出身、理学部出身、農学部出身と、多彩なバックグラウンドをもつスタッフをそろえました。多様かつ柔軟なアプローチによるがん研究を目指します。一緒に夢を追いかける仲間を捜しております。
プロフィール
名前
高橋智聡(たかはしちあき)
年齢
1964年10月生まれ
略歴
1990 京都大学医学部卒、内科研修、1996 京都大学大学院医学研究科修了、同年 助手、 1999 ハーバード大ダナ・ファーバー癌研究所研究員、2004 京都大学医学研究科21世紀COE特任准教授、2009 金沢大学がん研究所教授
好きなもの
音楽演奏
クラシック音楽、ピアノ、義太夫三味線
贔屓の野球チーム
阪神タイガース
運動
夏山登山